思想上の観点からコロナ・ワクチンを忌諱して、接種しない自由はあると思います。自分の身体を管理する根本的な権利ですよね。
同時に、ワクチン忌諱者を忌諱する自由も存在すると考えます。
aとbとcの3人からなる社会を考えましょう。aとbはすでにワクチンを接種していて、cは忌諱しています。このとき、aは自身に認められた「自分の身体を管理する根本的な権利」に基づき、bとcに対して異なる対応をとる自由があります。これは差別でもなんでもありません。
感染症は自分だけではではなく、社会全体の問題です。ワクチンを打たないのは自由ですが、打った人間と同様に扱えと要求するのは無茶です。
また、集団を構成するのは「自分の身体を管理する根本的な権利」をもった人間ですから、先ほどのたとえ話に出たaを、(すべてではないにしても)集団に置き換えて構わないと思っています。