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地球を質量する

科学実験の面白さは、ロジックにそって、最小の行為で最大の結果が得られることがありうるところ、にあると思います。

地球の質量を量るにはどうしたらよいでしょうか? まずはニュートンの重力方程式を書いてみましょう。

F=GmM/d^2
(1式)

これを岩に当てはめて考えますと、Fは岩に対して下向きに加速する重力。Gは重力定数。mは岩の質量。Mは地球の質量。dは地球の中心から岩の中心までの距離です。

重力=重力定数*岩の質量*地球の質量/(地球の中心から岩の中心までの距離)の二乗

さて18世紀には、これらのうち3つは分かっていました。岩の質量(m)ははかれるし、地球の大きさはギリシャ時代から分かっているので、dも分かります。重力(F)は岩が重力場に応じて生じる加速を測ることで、割り出せます(ガリレオの実験)。

さて分からないのは重力定数Gと地球の質量Mですね。どちらかが分かればもう一方も、計算で出て来ます。今回は地球の質量を量りたいので、まずはGを考えましょう。

重力定数は定数なので、なにも地球の重力場を使わなくてもかまいません。地球上で何か(ボールとか)の重さを量り、次に地球の上に何か重い物(巨大な岩石とか)を置いて、その上で重さを量れば、岩石の重力場の分だけ、ボールは重くなるはずです。

f=Gmm'/d^2
(2式)

ここでのfは岩石の重力場の強さ(ボールの重さの変化から測ったもの)、Gは重力定数、mはボールの質量、m'は岩石の質量、dは岩石の中心とボールの中心の距離です。ここで、重力定数G以外は全て分かります。

G=fd^2/mm'
(3式)

と書き直せば、Gが分かり、それを1式に入れればM(地球の質量)が分かるという寸法です。

M=Fd^2/Gm
(4式)

ただここで問題になるのがfつまり岩石の重力場の測定です。地球に比べてはるかに小さいそれを、どうやって測るのか? 1798年に、イギリスの化学者ヘンリー・キャヴェンディッシュは、「捩り秤」を使いました。長さ6フィートの棒の両端に直径2インチの鉛球を付けます。そして、この棒の中心を細い針金で吊るします。

次に2インチの鉛球の両側に、直径8インチの鉛球を置き、その捻れを測ったのですね。この実験を何度も繰り返し、ついにキャヴェンディッシュさんは重力定数を、現在知られている値の1パーセント以内の誤差で、計測したのです。そしてそこから地球の質量が導きだせる。

いかに細密な実験とはいえ、実験室の中で地球の質量をはかっちゃったのだから、大したもんです。素晴らしい。

(このエントリはアシモフ「我が惑星、そは汝そのもの」を参考にしています。ほぼダイジェストしただけだけど)

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by tomoarrow | 2012-01-03 07:00 | モチーフについて | Comments(4)
Commented by たんぽぽ at 2012-01-03 16:32 x
キャベンディッシュはきわめて巧妙な実験を
いくつもやったと聞いているけれど、
この地球の質量を求める実験もすばらしいですね。

極めて微小な万有引力定数Gを、実験室の装置で測るなんて
まず無理だろうと、ふつうは考えるでしょうからね。
Commented by tomoarrow at 2012-01-04 07:27
人間の英知は素晴らしいです。

水の結晶とか、100匹目の猿とか言っている人には、エラトステネスやキャベンディッシュのことを知って欲しい。科学の歴史の面白さに気がつかないのは気の毒です。
Commented by たんぽぽ at 2012-01-04 22:42 x
キャベンディッシュがすごいと、わたしが思っているのは、
クーロン以前に、クーロンの法則を発見したことです。


>水の結晶とか、100匹目の猿とか言っている人には

にせ科学にはまる人たちは、えてして科学が嫌いなように思います。

彼らがイメージする科学とは、核兵器や今話題の原発、
あるいは環境破壊のたぐいだと思います。
そして、科学以外のものを受け入れられる自分を
心が広いように考えていると思います。
(前者はカチカンや好き嫌いの違いと言えるけれど、
後者はあきらかに狭量なうぬぼれですね。)

いずれにしても、人類の英知を楽しむ余地を
減らしているのは確かで、気の毒と言えば気の毒ですね。
Commented by tomoarrow at 2012-01-05 07:49
キャベンディッシュさんのことはよく知らず、いま検索しました。驚嘆に値する方ですね。科学史の大偉人だ。

疑似科学には「科学は機械的世界観」だとか、「人間味がない」ということを書く人もいます。

でもキャベンディッシュもエラトステネスも、ミレトスのタレスもそうですが、自然を観察し、そこから広大な世界を推測するのは、まさしく人間であるから出来ることです。

科学者や科学史を知り、その上で科学嫌いなら仕方ありませんが、それらを知らずに偏見で嫌う人が多いのではないかな。