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「死に急ぐ鯨たち」

エッセイ、対談集。
安部公房 著
新潮社刊

ためしにここでちょっとした賭けをしてみよう。この一行が書きおわるまでのあいだに地震がくれば、一万円支払います。(P31より)


この文章が書かれたのは1984年。安部公房は箱根に仕事場を持ち、そこで書かれたものだ。彼は今でも賭けに勝ち続けている。箱根に大地震は起きていない。

いつの日か起こる東海地震については、何十年も前から警告がなされてきた。僕の住む神奈川県は、地震が起これば甚大な被害を被るだろうことは想像に難くない。にもかかわらず、家を建てマンションを買いアパートを契約して、いまだに、僕も含めた多くの人が当該地域に居住している。

昨日まで地震は起こらなかったから、今日も大丈夫。まるで「二つの時間が平行して流れているようだ」と安部公房は書く。


たとえば日本がどこかと戦争を始めたとしよう。あなたはその時、今の仕事を続けるだろうか? 僕は続けるだろう。ピアノの調律と云う、浮世離れした仕事だが、戦争中でも居住する地域が無事ならば、年に一度の案内の電話をかけてお客さんを訪問すると思う。ここでも「二つの時間が平行して流れている」。

僕には他に稼ぐ手段がないし、稼がないと日々の食事に困る。マンションのローンも滞ってしまう。これは想像力の欠如なのか、日々の生活至上主義なのかは分からない。だが、戦争中でも生活は続けなくてはならないし、生活の糧を得る手段は限定されているのだ。

宮崎の調律師の方は、口蹄疫禍の中でもしっかりと調律をして歩いているのだろうか?

この本をめくりながら、そんなことをつらつらと考えている。
by tomoarrow | 2010-06-16 07:10 | 書物について | Comments(0)