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「あいまいな、もやもやした雰囲気の中を、ただ男や女がうろうろと歩きまわるだけの話をいくら書いたって、そんなものは幻想でもなんでもありやしない。ぴんと一本の筋が作中を貫通して、部分と全体が有機的に支え合っていなければならないのである」

「ふたたび幾何学精神を」(『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)に収録。それにしてもこの本はほんとに面白い)


ううむ、なかなか興味深いご意見ですね。「一本の筋が作中を貫通して、部分と全体が有機的に支え合って」との喩えは、まるでフーガのようです。幻想とはきっちりと構成されたものであり、つまりは人工的な狂気とも言えます。シュルレアリストはむしろ現実を見据えていないといけないのです。

僕はバッハのフーガにも、熱病のような狂気を感じることはあります。

先日紹介した「完璧な涙」はどうなのだろう。ぎりぎりのところかな? そういえば中井紀夫がこう書いています。

「もっともいいタマはわるいタマにもっとも近いタマである」(剣をとりて炎をよべ」(早川文庫)あとがきより)


つまり、ピッチャーはど真ん中ではなくボールぎりぎりを狙うし、テニスもラインギリギリが一番いい。文学も、失敗作すれすれのヘンテコなものの方が、お品のいいお作品よりも面白い、ということですね。いやまったくそのとおり。「完璧な涙」も、ぎりぎりであるがゆえに、傑作なのでしょう。

そういえば「ハルヒ」シリーズもギリギリヘンテコで面白いですよねえ(と同意を求める)。

途中から話題がずれちゃった。ぴんと一本の筋が通っていない、ダメな文章ですねー(涙。
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本に挟まっているものはたいがい邪魔です。新刊案内も嫌だ。僕はみんな捨ててしまってドックイヤをします(文庫、新書の場合)。古書店での引き取り価格が下がるのは承知ですが、そんなことより利便性の方が大事です。

だいたい、僕はあまり本を売らないのだ。

ハードカバーの端を折る勇気はないのですが、ヒモのしおりが付属されていることが多いのでそれを使います。

書棚から古い本を出してきて昔の新刊案内を見つけると、なつかしく思うのも事実なんですがねー。
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ご承知のように澁澤龍彦とは澁澤龍雄さんの筆名です。

(1)
全集の解題には、「澁澤龍彦」が澁澤龍雄と矢川澄子の共通ペンネームだった時期のことが書いてあります。具体的には、「世界悪女物語」のクレオパトラの項は、矢川の筆によるものだそうです。また、「O嬢の物語」の翻訳も、矢川澄子の手による部分が多いと言われています。

矢川澄子さんは近年自殺をしてしまいました。その理由に、河出の「文藝別冊 澁澤龍彦」に、矢川さんの記述が一切ないからだとも推測されているそうです。ある種の分身であった自分の存在が完全に抹消されて、絶望したのかもしれません。

(2)
全集月報の、幸子さん(妹さん)のインタビューによると、子供時代のエッセイに書いてある、夏休みに避暑先の子供たちと仲良くなって遊んだなんて箇所は、大嘘だそうです。

いつも妹さんたちと一緒にいたらしいのですね。

旅行に行くときには服を新調して、大いばりで胸を張って歩くとか、逆に家ではいつも寝間着を着ているとか、そんな友人の証言もあります。

澁澤龍彦は、大胆不敵な人格を意識的に演じていたようです。そういえばエッセイにも、まるで分身のような人物との架空対話形式のものが多くありますよね。「それは澁澤龍彦好みだ」とか言っちゃって。
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本を買うと付いてくる帯は、読む時には邪魔ですが無下に捨てるのも惜しいものです。かといってどこかに外しておくと汚れたり無くしたりするので、表紙の下にしまうことにしています。で、読み終わったらまた戻して書棚に並べる。文庫の帯は面倒なので、しまいっぱなしのことも多いのですが。

書店でブックカバーをかけてもらう人には関係のない方法ですね。僕は、綺麗な外装も眺めたいので、カバーは断ります。(iPodにもカバーはかけていません)

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*画像の一部がぼやけているのは、カメラがせこいからであって意図的なモザイクではありません。
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ギトリスはイスラエルのバイオリニスト。不良老人です。はじめて生演奏を聴いたのは、東京の楽器問屋さんにチェロを選びにいった時です。その後で上野の東京文化会館で聴いたのでした。

「楽譜が見つからないのでプログラムの一部を変更します」なんて言ったり、ミュートが外れなくて伴奏の人が音をのばして待っていたり(困っていた)。ギトリスには弓を振り回すクセがあるのか、ピアノの人(バハーン・マルハバーンさんではないか? と妻が申しております)が「眼に刺さるよ」と言わんばかりに大げさによけていておかしかった。
抱腹絶倒です。

この日は楽屋の出口で待ち構えて、著書の「魂と弦」にサインをもらいました。この本はアマゾンで結構な高値が付いています。僕のはサイン入りなのでさらに倍、くらいでも売れるんじゃないかな(笑い。


以下に、昨年(2009年)に東京に聴きにいった時の、僕のmixi日記を再掲します。

ギトリスを聴いた
2009年11月04日

良かった。すばらしいコンサートだった。楽しかった。

相変わらずの不良老人ぶりは健在。音程を確かめるために、休符の時にこっそりと弦を弾くのは当然。今回は、曲の出だしが違うと言って、伴奏の人を止めて始めからやり直したり、譜めくりのにいちゃんに自分の譜面台の高さを直させたり(リハーサルでやっとくのでは??)。

客は座っているしピアニストも座っているのに俺だけ立っているのは何故だ、と言い出して、椅子を出させたりもした(もちろん譜めくりのにいちゃんに)。

で、この椅子は休憩の間に、舞台の係の人が気を効かせて片そうとしたけど、裏でギトリスに言われてまた出して来た。ここで客席はおおいに沸いた。

もちろん演奏も良かった。僕が特に気に入ったのは、ベートーベンの「スプリングソナタ」、マスネの「タイース」、お母さんに歌ってもらった子守唄。絶品。

超絶技巧や大音響で圧倒するわけではなく、きらきらとした音を、お客さんは耳をそばだてて大事に大事に聞き取る、そんな演奏。音がかすれたり、ピチカートを空振りしたり、人間ギトリスが一生懸命に弾いているのがよく分かる。愛おしくなる。至福の時間です。

まるで自宅に招かれて、「やあキンシャチくんそこに座りたまえ。まずはこれを聴かせてあげよう」と言われているような、アットホームなコンサートだった。来年も日本に来ると言っていたので、また聴きに行きたいな。

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僕は料理が好きです。三食とも自炊しています。

昨夜の夕食は納豆ベーコンのスパゲッティを作りました。食後にはお弁当用に、イワシとトリを赤ワインで煮ました。圧力鍋を使うとくたくたに煮えて、冷めてもほろほろ崩れてじつに美味しいのです。

僕の場合は日常料理なので、こった食材をいくつも揃えてちょこっとづつ使うようなものではありません。仕事帰りに生協によって、割引になっている食材を買い込んで、あれこれ考えながら作ります。

この前は白ワインで煮たから今日は赤ワインを使ってみよう、とかイワシが美味いんだからトリでもいいかも、といった具合です。当然、分量も目分量です。

大きな魚が安く売っていたら、香草とオリーブオイルをかけてオーブンで焼きます。ブリカマやタイのお頭も同じように焼きます。醤油とごま油でも美味しそうだな(いま思いついた)。

圧力鍋やオーブンは時間がかかりますが、手間はいらないし火にかけている間に洗い物が出来るので、むしろ時間が有効に使えます。

フライはほとんど作りません。火加減とか片付けがめんどくさい。ポテトチップスを美味しくできたらいいなあ、とは思っているのですが。
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山本弘 著
PHP 刊

===内容に触れる箇所があります。新刊のため、ご注意ください===

2001年、未来からやって来たロボット群により911テロは防がれた。ロボットは世界中に散らばり人間を不幸から守るための活動を開始する。
そんなパラレルワールドに暮らす作家、山本弘の自叙伝。

これは山本弘やと学会の本を読んできた読者へのボーナストラックです。「神は沈黙せず」「アイの物語」の変奏曲でもあります。この二冊と比べると語り口がソフトで、本自体も軽い印象を受けますが騙されてはいけません。特に「アイの物語」に対するアンチ・テーゼとして、とても読みごたえのある傑作です。

地獄への道は善意で敷き詰められているのか? 異知性を理解することは可能なのか? 歴史は無慈悲なのか? 人は愚かな存在なのか?

この問いに答えはありません。読者が自分で考えるしかないのです。

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ともに伊坂幸太郎の作中人物です。小鳩沢は「ゴールデンスランバー」(新潮社)、城山は「オーデュボンの祈り」(新潮文庫)。

===以下、両作品の内容に触れています===

彼らは両作品のダークキャラクターです。

両者ともに鬼畜のような人物なのですが、決定的に異なるのは人間性の有無でしょうか。城山は他者に対する悪意を持ち、加虐的興味を満足させるために悪を行います。カッターの刃が刺さったハムを犬に与えたり、仲の良い二人組のうち一人を殺傷したり、麻薬中毒にしたり、犯したり。
城山は人間だからもつ悪意を具現化した人物です。

対して小鳩沢には人間味がありません。おそらく彼は、他者を人間としても物体としても認識していません。現実世界に対するリアルを感じていないんでしょうね。ドラクエで遊ぶ人が、スライムの生命に対して関心を持たないのと似ています。彼の中に現実は存在しません。小鳩沢は異なる世界に棲むロボットです。

どちらも怖いのですが、僕は城山に対してより恐怖と嫌悪を感じます。自分の中にもある他者に対する悪意を極限まで追求すると城山が現れるような気がするのです。歪んだ鏡で自分自身の心の奥底を写してしまったような、と言ってもいいでしょう。

それはそうと、キルオ君はいい子だね。

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斉藤美奈子著
ちくま文庫

世にあふれる"文章読本"、"日本語の書き方"等々をトンデモ本として読み解く(斉藤美奈子氏がそう書いているわけではなく、キンシャチの感想)、非常に面白い本でした。

一説によるとこの手の本は1000册以上も出版されているそうで、気が遠くなります。册数だけ見ても、たしかにUFOや超能力と変わらないかも、と思ってしまいますね(笑い。

全然知らなかったのですが、菊池寛と川端康成の「文章読本」は、後に代作疑惑が持ち上がり業界から抹殺されたと書いてあります。内容も、谷崎読本の盗作に近いものだったくせに、長いこと気付かれることなく版を重ねたそうです。斉藤美奈子はこの事象を評して、

「「文は人ではない」のである」

と切って捨てます(わはは)

僕は文章読本のたぐいを読んだことは無かったのですが、「業界ナンバーワン」「開祖」と賞賛(揶揄)されている、谷崎潤一郎氏の「文章読本」を読んでみました。確かにつるつる読める、ノリのいい文章で書かれています。ただ、ところどころ差し挟まれる引用文がうざったいんだよなあ。

途中であきてやめちゃいましたけど。
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昨日に続いて今朝はブラキオサウルスです。トリケラトプスに比べると骨の造形が庶民的と云うか、おおらかな気がするのは角やたてがみが無いからでしょうか。でもよく見ると、内部構造の面白さはむしろトリケラトプス以上です。

写真を上げておきますので、自然の造形の妙をお楽しみください。特に、後ろから見た形が素晴らしい。

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